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福島第一原子力発電所で働く人たち「いちえふ」を読んだ/「書き出す」作業の効用について

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東日本大震災後の福島第一原子力発電所で働く人たちの様子を伝える漫画いちえふ福島第一原子力発電所労働記(1)を読んだ。

何が正しくて誤っているのかはわからない。ただ、情報を鵜呑みにして組み合わされたパズルには、傷付く人たちがいるということを知らなければならないと思った。いわゆる「福島の真実」を伝える本ではなく、淡々とリアルを教えてくれる内容。主張ではない単なる事実の描写が、バイアスのかかった僕の先入観を削いでくれた。事実は現場にあって、無責任な声を外から放り投げてはいけない。そういえば、新型インフルエンザが神戸で流行し始めたとき、僕たちは偏見の先に置かれたのだった。

書き出す作業の効用について

ここ数か月の傾向として、自分で詠んだ句や歌に「月末」をテーマにしたものが多いことに気が付く。父を亡くしたときは悲に満ちた言葉を連ねたし、耐え難い孤独に襲われていたときは寂の溢れる心を吐き続けた。つまり、いま、僕は仕事のことでずっと苦しみ続けている。

積み上げた信用は、砂の城。貯金だとすれば、一瞬で取り崩してしまい、マイナスから再度積み上げていくことになる。もちろん、再度挑戦するチャンスを与えられることの方が稀ではあるのだけれど。

外を見ることに重きをおけば、内が崩れる。内を見ている時間に外に出られなければ、数字に苦しむ。自分ばかりが先に立てば、組織は強くならない。組織であることを意識しすぎると、危機感の違いにもどかしさを覚える。

と、そんな風に書き出してみると、すべては自分のバランス感覚の問題なのだなと気付かされる。

行動だけが結果を変えるのであり、その一歩目で足踏みをしてしまいそうなとき、書き出すことがモヤモヤを吹き飛ばしてくれる。模造紙の上に座って、自分の周囲をペンで書き込んでいく、付箋を貼り付けていく。

想像したら、高鳴る。

そんな人たちと一緒に、時間を共有できたら面白いと思ったのだけれど、どうだろう。