読書

詩情の力は小さくて、それでも強大な力に対抗する「よすが」になる(谷川俊太郎さん)

谷川俊太郎さんの「詩を書くということ」を読む。

僕は、詩情、ポエジーってものをすごく広い意味で捉えたいと思っているから、そういうものを全部ひっくるめて、非常に過酷な現実に対しての詩情の力っていうものが、非常に微小な力だけれども、暴力、財力、権力という強大な力に対抗する、ひとつの「よすが」になると考えているんですけどね。

わからない世界ってものを一方に持ってないと、なんか人間はどんどん傲慢になっちゃって、しかもなんか貧しくなる。痩せてくるような気がしますね。うん。だから今ほら、もう全部デジタルに言語化されていきますよね。
谷川俊太郎
詩を書くということ (100年インタビュー)

小さな力だけれど、無ではない。一方で、すべての範疇を言葉が解すると考えるのは危ういということを谷川俊太郎さんは教えてくれている。

それっぽい理論や理屈に容易に触れられるようになって、僕たちは簡単にわかったような気持ちになれる。そうして、想像の世界を頑なに拒絶してしまう。あるいは、直感という感覚だけを信じ込んで客観性を保つことができず、いつかの鈍化に気付かないまま裸の王様になってしまう。

仕事を通じていつも自分が感じていることは、詩情と言語の世界でも同じことがいえて、輪郭を意識しながら曖昧な色を許容するような、そんな立ち位置が豊かさをもたらしてくれるのかなということを改めて思い知った。

僕はASKAが好きで、ASKAは谷川俊太郎さんの世界に影響を受けている。

どちらの世界が先に、というわけでもなく、どちらか一方の世界に触れて、これは他方のあの言葉に影響を受けたんだな、影響を与えたんだな、と気付くとき、宇宙を通り抜けていく一筋の光明に照らされたような感動を覚える。とても抽象的な感覚だけれど、その感覚が生きている間は、僕も表現の世界に身を置いていたいと思う。

生きている毎日は、出逢えてよかったなと思うひとやことの連続。