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業務日記

台風接近の中を出社する人を「ブラック企業」と嘲笑う風潮と責任感について

投稿日:2014年10月12日 更新日:

「台風の近づくなかを出勤する日本人はどうかしてる」「そんな会社はブラックだ」という言葉に頷くためには、僕は嵐のなか、たとえば電気が使えなくなったり水道が使えなくなったりすることも許容しなければならない。もちろん、こうしてブログを更新したりネットから何かを得ることだって我慢しなければならないだろう。大切な誰かが重たい病で入院していたとしても、その点滴が行えなくなることだって起こり得る。

そして多分「それは困る」と言い出す人もいるのだろうと思う。現実的にはそうだ、たとえ嵐であったとしても、当たり前の日常やインフラ、命や健康を守る使命のために仕事をしなければならない人は確実に存在する。僕たちはそんな人たちの責任感によって、健やかな日常が与えられ続けている。

台風が接近する中を出社するのはブラック企業なのか

syukkin

いろんな本音はあって当然だと思う。学生やサラリーマンの頃は、自分だって同じように「台風で休みになればいいのに」と考えていたのだから、そんな風に思うことを否定するつもりは一切ない。ただ、ブラック企業という言葉が拡大解釈されて、使命のために行動をする人までをも嘲笑う風潮については考え込んでしまうことがある。

誰かの期待や、誰かの健康、インフラ。それに応えようという責任感で仕事をする人はブラックな人なのだろうか。ブラックな会社で働いているということになるのだろうか。風雨強まる中、緊急手術が行われる病院に血液を運ぶ使命を与えられた人がいたとする。その人の仕事は、ただ嵐のなかを行動しなければならないというだけでブラックだと揶揄されてしまうのだろうか。その人が守る家族たちは「嵐の中を仕事に行かなければならないだなんて、ひどい会社ですね」と笑われてしまうのだろうか。

世間一般でいわれるブラック企業にも、お勤めの方がいて、そのお勤めの方は、自分の生活やご家族を守るために一生懸命に働いているわけです。たとえばその方のお子さんが学校に行って、こんな風に言われたらどうでしょうか? 

「おまえの親、噂のブラック企業で働いてるらしいなー」

引用元:愛語というは、衆生を見るに、まず慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり 道元 ~「ブラック企業」という言葉に | コトバノ

企業の体質としてブラックであることが良くないのは言わずもがな。ただ、企業の名前を出して、それがブラックの象徴であるような言い方をすることについては正直複雑な思いをしています。これは道元さんのいう愛語なのだろうか、言葉に優しさが伴っているのだろうかという風に考えてしまうのですね。

企業という箱を批判すると、そのなかにある人も苦しみ、そして、その周囲にまで傷は拡大します。殴られた痛みはその場限りですが、言葉によって苦しめられた心は、じくじくと、ずっと痛み続けます。残ります。問題提起のやり方については、もう少しだけ、優しさや配慮があってもいいのかもしれないと思うのですが、僕のこの言葉は、どんな風に響きますでしょうか。それともこれは、僕の甘えでしょうか。

引用元:愛語というは、衆生を見るに、まず慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり 道元 ~「ブラック企業」という言葉に | コトバノ

かつて自分の書いた記事を引用する。

僕はこの「ブラック企業」という言葉が本当に嫌いで、自分の属する会社や団体と違えば途端に「白」や「黒」という色で分類されてしまう、その風潮にどうしても胸が苦しくなってしまう。もちろんそれは、自分が今、経営者として、働いてくれているメンバーに十分なことをしてやれていないという罪悪感があるのもそうだが、なにより「お前のお父さん(お母さん)、ブラック企業で働いているんだろ?」という子どもたちの、学校での会話を想像してしまうからだ。子どもたちは、大人たちが考えるようには物事を複雑に分類せず、お気に入りの色鉛筆の何本かと同じように色をつけて評価をする家族を守るため一生懸命に働くその後ろ姿に、後ろ指をさして傷付くのは誰なのか、僕たち大人はその想像力を持たなければならないと考えている。

ブラック企業を肯定するつもりはない

ブラック企業という言葉が嫌いだと書いた。ただそれは、ブラック企業の体質を許すことと同義ではない。最近の定義ではブラック企業とは従業員を単なる労働力と考え、単なる使い捨ての駒として考えているところを指すと書いてある。つまり、本来はもっと狭義であったものが、様々な企業が叩かれるなかで「働かない」「働く先を転々とする」ことの免罪符としてブラック企業という言葉が使われるようになってきてしまった。僕はそれが問題だと考えている。

「誰かのために役に立ちたい」「貢献したい」という純粋な気持ちで働く人たちが、その責任感で仕事をしていることを、僕たちはカタチや法律にだけあてはめて「ブラックだ」という色付けをすることは決してしてはならないと思う。傷付くのは、その背を見て育つ子どもたちで、その子を守りたい親の気持ちを想像するとき、他者である我々はその労働スタイルを言及できる立場なのだろうか。

ブラック企業の体質は決して許してはならない。それが政府主導によって規制が行われていくことも当然だと考えている。ただ、ブラック企業の社名を公表することで働く人の家族が傷付く可能性があるということは心得て、細心の配慮によって、すべてが是正され幸福になっていくことを願ってやまない。子は親の背を見て育つ。親の属する環境に歪んだ色をつけられて、子は、どんな風に思うのかという想像。それだけはどうか、忘れないでいてほしいと思う。

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