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成人式から一回りして今日の場所、そして、未来は。

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炊けましておめでとうございます。

何が悲しいって、今年一発目のこのオヤジギャグに、未だ誰からもツッコミが来ないという
淋しい年明けだったことなわけです(炊飯器の写真まで添えてるのに)。

でもね、今日、もっと悲しいことがあった。

1月も13日目にして、早くも最も悲しいニュースを更新してしまうアンハッピーぶり。
切なすぎます。

詳細を書くと辛さがよみがえってくるので、でも最後には、2人の警察官と、ぎゅっと抱擁して、
握手してきたことだけを書き記しておきます。なんのこっちゃわからんでも、良い良い。

ジョギングに出た以外は、ほとんど外出していないので、振袖を見かけませんでした。

むかし、明石の新成人代表に選ばれたときは「目立てる!」と嬉しくて嬉しくて。
企画会議から参加して、自分の声を電波に乗せるべく、地元のKiss-FMに呼び掛けて、式の
様子を生放送して貰いました。

あれから12年。

「ポニョー」なんて言いながら、北風吹き荒れる中をジョギングしてる自分のことは
まるで想像もしていませんでした。

じゃ、でも、いったい、あのとき。

一回り未来の自分のことを、どんな風に想像していたんでしょうか。

夢は叶ったのかな。
そもそも、二十歳の頃に抱いていた夢って、何だったんだろう?

夢に対して、どんな努力をしてくることが出来たのでしょう。

振り返って、さて、何点を付けることの出来る、これまでの人生なのでしょうか。

ちょうど10年前の日記を読み返してみると、大学の試験に追われている頃で、あとは
相変わらず、小さな機械に夢中になっている自分と家庭教師に燃えていた自分を
見つけることが出来ます。

大学を卒業する頃には、30才までには起業家になりたい、30才までには家を買いたい、
そして30代で会社を成長させて、出来るだけ若いうちに政治家を志したい。

そういう目標は持っていました。

実際は、いろんな人に助けられて、今日、いまの、自分の居場所。

面倒くさがりな自分は、大した努力をしたわけでもなく、寛大な人たちとの出逢いに
よってただ、いろんな環境に引っ張ってきてもらうことが出来ました。

あの頃の自分を、いま、褒めてあげられるとすれば。

出逢うことだけは、面倒くさがらなかったこと。
いいところも、悪いところも、ひとから学んで、自分の言葉で伝えられるようになったこと。

それなのかなぁ、という気がしたりもします。

(もちろん、叱る点は、あまりにたくさん有りすぎるわけですが)

今度、12年後。

44才になっているときの自分は、今日という12年前と、成人式の24年前を、どんな風に
振り返っているのでしょうか。

会社は、もちろんしっかり存続させて、成長させていたい。

でも、その原動力となるためには、まず自分自身がここから、どんな目標をもって、日々、
努力を積み重ねていくことが出来るか、ってことが、きっと重要ですよね。

 有言実行、目標を声に出して実現させていく、そのプロセスを伝えること。
 継続は力なり、己を書き綴ることとジョギングを続けて、継続力のパワーを知ること。
 活字から学ぶ、先人の残した言葉から、自分の実践に置き換わるものを見つけていくこと。

個人の行動指針としては、この3つを意識して、取り組んでいきたいと思っています。

あと、生意気は、きっと直らないでしょうから、せめて。
「ありがとう」という言葉を繰り返して、ほんの少しでも、謙虚という気持ちを持てるような
人間でありたいと思います。

度が過ぎていたら、どうぞ。

厳しく、ご指導ご指摘ください。

12年後の自分へ。

今日のこの志を実践し続けた、その居場所はどんなですかー。

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