雑記

失敗とチャンスは表裏一体 ~障害という個性に同情をしたのではないのだから

耳の聞こえない作曲家。その楽曲を実際に作っていた新垣氏が、一時は大学を辞めることになったものの、学生たちの署名活動により処分が保留になったというニュース。いい話。

ゴースト新垣氏 学生が退職反対署名活動 – 芸能ニュース : nikkansports.com

商業クリエイターの世界には、ゴーストたちが実際に多数存在する。違う人が作っていたことが分かって作品の価値が下がるのだとすれば、僕の目や耳は対象に向けられていたのではなく、障害という個性に同情をしていたことになってしまう。だから僕は、その是非について論じるつもりはない。

新垣氏ご本人が心を痛められ、事実を正直に告白した。それによって氏の楽曲の魅力が失われるものではないし、今後新たに何かを創出されるものに対して色のついた眼鏡で覗かれることがあってはならない。反省という真摯な態度に、次のチャンスが適切に与えらてほしいと願っている。

指先から、誰でも簡単に裁判官の顔を持つことができるようになった。主張は色々にあって良い。ただ、斬り捨てて終わるのではなく、その先にやり直すチャンスの色が滲んでいれば、闇に落ちて荒んだままの人間性に光を当てることもできるのではないだろうか。それを甘えだという人もいるかもしれないが、万事は表裏一体という自分の信念によって、失敗の次にはチャンスがあるのだということを信じてみたい。

いつか、今度は、新垣氏自身の名の音楽に触れることができればいいな、と、願う。