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壊してしまったゴールドライタンのことを、サンタクロースに謝れないまま

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超合金のゴールドライタンを、子どもの頃、クリスマスプレゼントにもらった。

その手触りやギミックが楽しくて、夢中になって触り続けたのを覚えている。動かしすぎて、動くはずの部品が動かなくなったときは本当に悲しかった。そしてサンタクロースに心から申し訳ない気持ちになった。触れたいものを飾っているだけではつまらないが、手に馴染むほど触れ続けたものを自分で壊してしまう刹那はずっとずっと消えることがなくて心に痛い。どんな風にすれば大切にするということで、どんな風にすれば価値を享受するということなのだろうと、今でも考え過ぎてしまうのは、きっとこのときのトラウマのせいなのだと思う。

万事塞翁が馬。いいこともあれば悪いこともある。物質的に恵まれたからといって、心が豊かになるとは限らない。貧乏でも、ひとに救われて心豊かに過ごせるということもある。プラマイはゼロ。そんな風にできているな、と、いつも痛感する。ずっと抱えていたかった大切なものを壊して失ってしまったときに、自分はもしかすると、過敏な想像力を得ることができたのかもしれない。

「あのときに、あんな風にしておけば良かったという後悔はしないことだよ」と、ひとに偉そうに伝えながら、僕は僕の過去に襲われ続けている。成長という言葉を巧みに使いながら、言葉の陰に隠れて傷のつかないような生き方を選ぼうとしている。だからうっかり水たまりにはまってしまうと、そこからの脱出にはとても長い時間を要することになってしまう。自分の器について、「これくらいにはなっているだろう」と考えていたことが、ただの思い込みであったと知る瞬間でもある。

街は華やいで楽しそう。僕は壊れてしまった大切なもののことを思い出している。すべては一瞬一瞬の選択で、ここまで来たのだということを思う。こうなってしまったのだと思う。

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