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プロセスを評価するということ、「カタチ」には「内側がある」ということ、信頼とは何か

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上司、上の立場の人間は、下の人間の提案を一度承服したら、その責任を負わなければならない。だから上は報告を求める。下は報告をすることで、自分一人の責任から逃れることができる。僕はそう考えているので、「仕事の9割は段取り」「仕事で大切なことはコミュニケーション」という考え方を社内で徹底するようにしている。

たとえばそれが、世間から石や矢を投じられるような提案であったとしよう。それでも僕は、その提案を形にしてやりたいと思う。変化を起こそうと挑戦する姿勢を評価してやりたい。批判は自分が受ける。賛辞は提案した本人に届くようにする。

格好をつけたくて言うのではなく、自分自身もまた、所属する様々な組織のなかで、時に上であったり、時に下であったり、立場が変わって「自分が腐りそうに」なってしまうことがあるので、都度、自分ならどうするだろうと考え、シンプルな原則に立ち返ろうとするのだ。仕事の9割は段取り、仕事で大切なことはコミュニケーション。段取りをして、コミュニケーションを重ねてカタチになったものは、なにがなんでも産声をあげさせてやる。失敗しても責任は自分が背負う。重ねたコミュニケーションを無視して、トップダウンや後出しじゃんけんでカタチを変えてしまってはならない。

生きて関わっていくすべての人が、自分のすべてを見ていてくれるとは限らず、往々にして、結果だけで評価をされてしまうことが多いのも事実。ただし、結果や評価以前に、信頼を重ねなければどんな目標にも向かっていくことはできない。信頼とは何か。それはプロセスであり、コミュニケーションだ。「カタチ」には「内側がある」。組織で動いていくとき、絶対に忘れてはいけないこと。外の人にどう映るかというカタチだけを考えていると、カタチを詰めた人たちの想いと時間は一瞬にして無のものとなり、信頼は崩壊する。

ひとは、簡単に腐る。僕もしょっちゅう腐っては、腐臭の先で、自分もまた誰かを腐らせてはいないだろうかと不安になる。カタチ、おにぎり、握ってくれた人のことを、握ってくれた時間のことを想えば、僕はもっと配慮ある言葉を選べたのではないだろうか。なんて、そんな。

すこしずつ、痛みを分け合って、カタチは形成されていく。譲って、譲らないで、押して、引いて。見えすぎてもいけない、見えなくてもいけない。難しいバランスの先で、たしかになにかを共有しあったと思える瞬間をいくつ重ねて、僕はそれを信頼といい、チームであるのだと考えていきたい。