川柳

読ませる文章は引き算、しんどい文章は足し算 ~社内で川柳(キャッチコピー)勉強会を行いました

社内で川柳(キャッチコピー)の勉強会を行いました。

ふたりがそれぞれ考えた川柳に指導を行ったのですが、誰かの参考になるかもしれず、ブログにも掲載することにしました。

社内川柳(キャッチコピー)勉強会、ふたりの詠んだ句

いつだって眠ってしまえば白えのぐ 澤井

川柳(に限らず)は、詩。
詩は説明書とは違う。

「これはパンです」と書いてしまえば説明書になる。
「朝のコーヒーと、焼き上がったばかりの香りと」と書けば詩(コピー)になる。
書かないで、状況や情感を伝える。それが言葉のうまいへたにつながる。

澤井さんの「いつだって」「眠ってしまえば」は、説明が強い。また「いつだって」となると、日常的なことを伝えているに過ぎず、読み手に与える印象が弱くなる。

日常のなかの何気ないことを詠むのも面白いが、毎日を過ごすなかでの特別な瞬間をちぎりとれるようになるとさらに良い。

「眠ってしまえば」は八文字になってしまっている。
川柳や俳句は中八にしないという絶対のルールがあるので厳守。

また、「~すれば」という条件を表す表現は、いかにも説明的な書き方で詩として情緒に欠ける。

「白えのぐ」と、あえて「えのぐ」と平仮名で書いたのは良い。ここを「白絵の具」としてしまうと、朝のリフレッシュされた感覚が失われてしまう。

ひらがらにするか、漢字にするか、カタカナにするか。
それもまた意味がある。

改めるなら、たとえばこんな感じ。

新月に求めてしまう白えのぐ

新月という「闇」と「白」を対比させた。
闇を印象づけることで、読み手に、何かがあったのだという想像を与えることができる。

次に中尾くんの詠んだ川柳。

陽が昇りリセットされた 清純に 中尾

朝が来たときのイメージは、だいたいが「リセット」であり、リセットされれば、ゼロ、白に戻る想像も容易い。

そう考えると、この句は、17文字を使って同じことを言っているに過ぎない。

また、先ほども書いた通り朝がきて清純になったという表現はいかにも説明的で面白みがない。

「陽が昇って、リセットされた」というのは、時系列に物事を説明している。

「~して、~になった」という表現は説明的な表現なので読み手に与える余韻がほとんどないということを知っておく。

説明の必要な文章か、
余韻を与え、相手に想像を促す必要のある文章か(キャッチコピー)
目的に応じて、言葉を引き算していく。

読ませる文章は引き算されている。 読んでいてしんどい文章は足し算されている。

覚えておいてください。