雑記

無関心、不理解、不寛容で苦しむ人に「大丈夫?」と問いかけてはいけない

痛い。

ああ、またヘルニアのことかと思っただろう? べいべ、違うんだ。良かったら冷たいミルクでも飲みながら聞いてほしい。

この夏あたりから、実は三ヶ所の痛みに苦しんでいたんだ。悪い病気なのではないか、痛みの大魔神と呼ばれてしまうのではないか、甘えてるんじゃないのか。いろんな風に言われてしまうのが恐ろしくて、ほとんど誰にも打ち明けてこなかったのだけれど。

ひとつは左肩、左腕。
これは去年からずっと苦しんでいるやつ。頸椎椎間板ヘルニア。

発症当初は腕が上がらず、何もしなくても激痛が走った。今は、普通にしている分には痛みはない。腕もだいぶ上がるようになってきた。それでもまだ、動きは不自由で、気圧が下がると途端にダメになってしまう。西端が途端にダメになってしまう。端端になってしまう。

Twitterなんかで「痛い、死ぬ、たすけて、マカロニ食べたい」と書いているときは、大抵この【気圧が下がって、ヘルニアのせいで左側が痛んでいる】ときなのだ。これが痛みの一つ。

もうひとつは右肩、右腕。
これは気圧に関係なく、常に痛む。そして、助手席に座って左肩からベルトを引っ張るような動作をすると、腕の攣ったような激痛に襲われてしまう。タオルで背中を洗おうとしたり、背中をかこうとするような動作もダメだ。

これの原因は不明だった。ヘルニアのせいだと思っていた。ただ、なんとなく、これは【左が痛んで身体を動かすのが億劫になってしまった運動不足が原因の筋肉の拘縮】なんだろうなという気がしている。

ヘルニアになったら安静にするのではなく、積極的に身体を動かしなさいという指導を受ける。理屈はよく分かるので、左腕は意識して動かすようにしていたのだけれど、左右のバランスはまったく考えていなかった。だから右肩の筋肉も痩せてしまったのだろう、そちら側を下にして身体を横にすると、骨に当たるような痛みを感じる(これは左でも同じようになるので、感覚が分かる)。

つまり両肩、両腕が痛くて不自由なんだ。10月になってからは、上着の着脱ひとつでも苦労している次第。

最後、もうひとつ。
下半身の痛み。歩くことが出来ないくらい、皮膚の表面が痛む感覚に襲われ続けた。刺すような痛み、服に触れても痛い。痛みの箇所が一定ではなく移動しているような感覚もあった。
ここ数日、ようやく痛みが少しマシになってきたので色々と調べてみたところ、これはどうやら【帯状疱疹】なのではないかと考えるに至った。症状がドンピシャだ。赤い斑点ができるというのは知っていたけれど、痛みが出るというのはまったく知らなかった。

幼少のころの水疱瘡の菌が残っていて、加齢やストレスでまた、悪さをし始めるらしい。神経に沿って痛みが出たり出なかったり、痛みの箇所が移動するのにも合点がいった。

正直、ヘルニアは僕の心を何よりも蝕んだ。とにかくストレスだった。不眠にもなる、耳鳴りも酷くなる。自律神経に悪影響を及ぼすものだから、全身のどこにどんな症状が出るのか分からない。出たら出たで、悪い病気なのではないかと不安になってしまい、動悸が激しくなってくる。汗が止まらなくなる。悪循環。

そんなストレスが最大になったころ、帯状疱疹と思われる症状が出始めた。納得。

とまあ。

夜通しの原稿仕事中、今は右肩の痛みが酷くて、気を紛らわせようとこれを書いてみることにした。痛むことを正直に伝えると、吐き出した分だけ心が軽くなる。最後まで読んでくださった方には、僕の負を背負わせてしまった。申し訳ない。

自分のことを知ってほしいって言うのは勿論そうなんだけど、僕はまだ、恵まれているんだ。自分の言葉で痛い、しんどい、腹減ったを伝えることができるから。

病気になってみて分かったのは、伝えるのにはとても勇気がいるということ。勇気を出して言葉にしても、寛容な人にご迷惑をおかけするばかりで、肝心の、一番理解してほしい人たちには届かないことがほとんどだ。そしてまた、生きていくことが億劫になってしまう。

で。

この記事のね、この部分まで読んでくださった方。あなたは寛容な人です。本当はこんなところまで読む必要のない、すでにとっくに理解してくださっている優しい人。

だからどうか、その優しさを、周囲の不理解で苦しんでいる人に向けてあげてください。自分のような「言葉を持つ人間」でも、不寛容に苦しんでいるのです。自分の五千倍くらい苦しんでいる人が、身近にきっとたくさんいます。助けてあげてほしい。

大丈夫?
と聞かないであげてください。

最近一番辛かったことは?
と聞いてあげてください。

大丈夫じゃないことを前提に聞いてあげると、その人は自分を解放して、負をこぼし始めます。

窓を開けるような聞き方をしてあげると、安堵すると思います。寄り添う心が不安を溶かすのです。これは医療ではなかなか出来ないことです。

無関心、不理解、不寛容。
そうである人のことを否定していても仕方ないので、そうである人たちに苦しむ心を想像してあげてください。

空が明るくなってきました。
理解のない空気に苦しむ人たちに必要なのは、こんな光の差し込み方です。

優しい人たちへ。