雑記

消えない消せない過去が疼く。

田中先生に相談して「アレグラ」という薬を処方して頂く。

鼻(鼻水/くしゃみ)の症状と痒みは少しマシになったか。
ただ、咳は相変わらず。

すっかりガラガラ声。
咳のしすぎで呼吸も苦しく、激しい頭痛も続く。
こんなに咳が長引くのは、生涯初めての経験。

薬が上手く効いてほしいところ。精神的なもの以上に、今は咳が出て夜が眠れない。

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『手紙』(東野圭吾)、読破。

最近、一日に1冊のペースで文庫本を読み終えている。
何度も書くとおり、活字に触れることが色々な救いとなる。没頭させてくれる。

はじめて読む東野さんの本、大変読み応えがあった。

胸が痛くなった、切なくなった。
そして最後に、涙をこぼしてしまった。

運命、責任、償い、宿命…。 どこかで歯車が狂えば背負わなければならなく
なるもの。狂わねば、得られていたはずのもの。

人生では、そんな「得失」が、いろんな場面で繰り返される。

得ようにも得られない苦しさ、もどかしさ。
それが運命なのかも。でも、運命という言葉で終わらせることは簡単ではない。

読み進めながら、自分の人生に置き換えた。

あのとき、順序がこうであれば、決断がこうであれば…。
いまは、こうではなかっただろうという後悔もあれば、逆の意味での安堵もある。

でも、トータルでは、やっぱりモノトーンな景色の中に佇んでばかりいる。

(自分にとっては)衝撃的な喪失体験だった。
ずっと尾を引いているその傷が、ぐっと大きく抉られた。

そんなことも、改めて思い出したりする。 いや、正確じゃない。

 ― 忘れられるわけない、か。

過去で止まった時間に憂いを覚えるとき、ひとは。

後悔という感情を持つのだろうか、恨みを抱くのだろうか。
それでよかったと納得するのだろうか、淡い思い出と笑えるのだろうか。

抜け出せないから、いつもドラマしている。

あゝ 自分が鬱陶しい。

手紙

文藝春秋

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