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47歳になったので豆腐を語ろうと思う。

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47歳になったので豆腐を語ろうと思う。

豆腐といえば「角」だ。緊張感のある佇まい。背筋を伸ばして向き合うべきか。だが、箸を入れて崩していくと、ほろり、途端に優しい表情を見せる。

豆腐といえば「苦味」だ。あれは大人の階段だと思う。だが、塩や醤油と一緒に口に運ぶと、ふわり、苦味は甘味へと変貌を遂げる。

豆腐といえば「水」だ。清らかな朝の流れに浸された艶のある輝き。だが、他の料理と一緒に舞台に立つと、ひっそり、主役を引き立てる立役者へとなる。

ひとつ年齢を重ねて、いよいよ「面倒なおっさん」の領域にいることを自覚する。

角のない、調和の取れた、誰かのための自分でいるためにはどうすれば良いか。抗うのではなく、流れに身を任せて生きていきたいものである。

理屈は感性の後付け。

僕はこの言葉をよく用いる。赤色に比べて青や緑が落ち着くのはどうしてなのか。商業ライターとして生きるとき、それを説明するのは必須スキルだ。

ただ、願わくはこれから、その理屈を説明する時間を減らして、感性に在る時間を大切にしたい。

起きているすべてのことに意味があるのなら、僕が感性という言葉を意識するのも必然なのだと思う。

47歳の始まり。

歌人で川柳家でコピーライターの豆腐なのである。

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