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熱意は暴走と表裏一体 ~ワンマン社長の暴走とイエスマンたちの迎合と

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とある場所でミニ講義のようなものをしてほしいと頼まれた。論じるほどのものも持っていないし、経験を話しながら自分はどう向き合ってきたのかということを連ねた。すると、話を聞いていた若者が「自分ならそんな風にはせずに、こうする。それについてどう思うか」と意見をぶつけてきたので驚いた、嬉しかった。

受け身になりがちな環境にいて、抱いた疑問を仮説にして相手にぶつけようとする。周囲には人もいて、聞いた話の感想を述べることさえ躊躇われる状況だ。迎合は染まること、疑問は個を確立すること。僕はそんな風に考えているし、この年齢になるまでずっと年長の方に対して噛みつくような生き方をしてきた人間なので、批判や疑問をぶつけられてとても興奮した。なるほど、気が付けばいつの間にか、僕は硬直化した脳みそで世界に寝技ばかりを仕掛けようとしていたらしい。なるほど、なるほど、なるほど。

私としては、創業者として会社が大きくなっていく過程で「ワンマン社長」にならないように、結構気を付けてきたつもりです。短期的には楽でも、中長期では人が育たず、多様性や創造性が失われ、自らが苦しい思いをするからです。ただ、いくら気をつけていても、ふと油断すると組織がワンマン社長に仕立て上げるメカニズムのようなものにも気付きました。それは、「イエスマンは連鎖しやすい」ということです。誰かひとりがリーダーに対してイエスマンだと、不思議なほどそれが周囲に波及し伝染しやすいのです。

引用元:ワンマン社長の作られ方|渋谷ではたらく社長のアメブロ

社内で意見を求める。YESが返ってくる。途端に冷めてしまうことがある。

共感であれば「ならば、さらにこんな風にしてはどうだろう」と言ってほしい気もするし、ずれていると感じれば「こんなリスクも考えられるのではないか」と教えてほしいとも思う。共感でも反論でもない「同調」は、どうにも裸の王様になったような気にさせられる。

以前同友会で「社長はワンマンでなければならない」という話をしている人がいて、とてもガッカリしたのを覚えている。リーダーシップを取ることとワンマンであることを同義にしてしまうのは、あまりに危険な思想だと思った。講演のあとのテーブル議論で「僕が社員ならあの人の下では働きたくない」と語った。以来、僕は、社内のメンバーに何かを提案するとき、NOを返さなくてはいけない問いかけもわざと織り込むようにしている。疑問を抱く習慣を持つため、社長のワンマン暴走を抑制するため。まだ、芳しい結果が出ているとは言えないけれど。

出かける前に必ず鏡を見るように。

自分の想いや行動を律してくれる鏡の存在は重要だと思っている。意見をぶつけあって「なるほどそうか」と唸ってみる。「いいや、そこは譲れない」と自分の信念を再確認する。そうやって理想と現実との乖離を知って調整を重ねていくこと。熱意は暴走と表裏一体、エンジンが焦げないようにメーターを覗いてはアクセルを加減する。適正なスピードであればこそ、ハンドル操作は上手に行えるものなのだろう。

YESだけが自分に向けられるのは、そんな空気を作ってしまっているから。それではいけないということを教えてくれた若き勇気に、改めて感謝したい。

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