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ワークライフバランスという言葉の裏側にあるべきもの

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1月の終わり、月末。年始に立てた目標の12分の1が達成できていたとして、それで喜んでいいのかどうか。

このペースでいくと、一年の目標の達成は12月31日、その日である。つまりギリギリのペース。何があるかわからないのが未来であって、目標達成には余裕をもった計画と実行が大切だ。大晦日にラストスパートというのもあまりに切ない。スーパーで、すき焼き用の肉が半額で売られる頃、僕はようやく「やり終えたー」と安堵する。なんだかちょっと違う感じがする。

「余裕をもったスケジュールを」「計画にはまず、オフの予定から入れる」「ワークライフバランスを」。こんな言葉がよく聞かれるようになった。計画は逆算して考えるべきだし、これらの考え方に反対するつもりはない。ただ、最近、権利だけを主張して、義務や責任についての考えが疎かになっているのではないかと思うような意見も散見される。今ある法律を条文通り解釈すれば、たとえば

「うはー、仕事でものすごいミスしちゃいました。ごめんちゃいっ。これ、明日の朝までにやり直さないといけないですよねー。このまんまじゃ500万円の損害ですもんねー。あ、でも、就業時間終わったので、帰りますね。あとはほら、労働基準法が適用されない管理職の皆さんでどうぞー。え、残ってやったほうがいいですか?わかりましたー。朝まで頑張りますよー。んじゃ、22時以降は1.5倍の給料払ってくださいねー。頼んますよー」

ということがまかり通ってしまうのである。ポイントは会社側の過失ではなく、この労働者A君に責任があるというところだ。自分のミスで会社や仲間に迷惑をかけてしまいそうでも、本人は権利だけを主張することができる(ただし、あらかじめ罰則を規定しておくのは違反だが、実際に生じた損害について会社側が損害賠償請求を行うことはできる)。

このレベルの話になってくると、自分はどうしてもモヤモヤとしたものを感じてしまうのだが、自分が経営する立場にいてこういうことを書くのは好ましくないということも分かっている。きっとほとんどの経営者の人たちも理解している。だから書けない。だからなんとなく、世の中の風当たりのようなものを感じながら、皆、会社を守るために頑張っている。「だけどそれが経営者の責任だし、経営者の守るべきルールなんでしょう?」と言われたら、確かにそうだ。ここに倫理や責任論を持ち込めば、焦土と化してしまう。僕たちはこの立場にいて、己の気持ちを吐露してはならない。いま、世の中はそんな風になってきている。こういうときは「長い物には巻かれよ」である。ひとりひとりは、あまりにも小さい。

ただ、である。どんな物事も行き過ぎれば反動が来るものだ。歴史を顧みればそう。曖昧さと明確さを行ったり来たりしながら、それなりの平穏が保たれるという法則がこれからも続くのだとすれば、いま、強く求めすぎる何かは、反発して、引かれていく未来になりうるということを忘れてはならない。政治や世論が、自分の人生の最後までを守り抜いてくれるとは限らない。いかなる時代が来たとしても、それなりの能力とそれなりの処世術はもっておくべきだ。

……ということを、僕は誰に向かって書いているのだろうとふと思う、12分の1の月末のことなのであった。

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