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君だって卵かけご飯を食べることもあるだろう?

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「臍を出して歩く女性はツンとした顔をしていなければならない決まりでもあるのだろうか。君だって卵かけご飯を食べることもあるだろう?」

昨日の記事でも書いた通り、ノートには謎のフレーズがいくつも残されている。仕事に関することもブログの下書きも感情の卵たちも想いの残骸も、浮かんではすぐに消えてしまう言葉はすべて一つの場所にまとめていく。結果、しばらく経ってから読み返すと、それをどんな状況で浮かべたのかがわからなくなる。自分で自分に感心することもあれば呆れることもあって、お臍を出して歩く女性に抱いた感情は後者のそれである。

気取りのない人が好きで、では気取りのない人とはどんな人かと問われると、卵かけご飯を美味しそうに食べる人のことだと答える。美味しいという表情を出すよりも先にマナーのことを考えて食べるような時間と空間は堅苦しくて苦手だ。感情を共有するための食事の時間。音を立てないでご飯を食べるよりも、なんならシャツに染みを作りながら食べるくらいの方が相手との距離は縮まることが多い。多数決で決めるようなことでもなくて、そういう人たちがある一定数いるのであれば、僕はその人たちと生きていく在り方を貫く。格好をつけて似合う人たちと、そうではない人たちと。自分がどっちかってことは、もう、十分に理解している。

……とかなんとか。「卵かけご飯を食べることもあるだろう?」のメモ書きから世界を広げていくとしたらこんな風になるのかなぁと思って書いてみた。謎のメモに少しだけ世界を添えて供養する。なかなか落ち着いてブログを書く余裕もなくて、過去のメモをいじって毎日更新だけを意識する。月末、年度末、花粉、卵かけご飯。

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