雑記

震災の日によく検索されるキーワード「大地震 読み方」「周年 使い方」 ~生かされていることへの敬意

報道でよく使われる言葉だからだろう。コトバノでは、この日、下記の二つの記事へのアクセスが多くなる。

事故や事件の災害に「周年」という言葉の使い方は誤りか ~「周年」と「年目」の使い分け | コトバノ
「大地震」「大震災」「大災害」 ~正しい読み方は「おおじしん」か「だいじしん」か? | コトバノ

1.17や3.11という数字の持つ特別な意味。四十年しか生きていない僕でも、東北や阪神、そして九州や山陰、甲信越など、あちこちの災害を間近で見聞きしてきたくらいだ。死生観について考えさせられる。生きて死ぬとはどういうことなのか。考えても答えの出ないことを、その日を境に人生の変わってしまった人たちの気持ちを想像しながら思い巡らす。

一日いちにちを重ねていけば、一年はあっという間だし、五年や十年という単位も一瞬で過ぎていってしまう。何処までも自転車をこいでいけたような肉体的な若さはやがて失われ、僕たちは遠いあの頃の体力を懐かしそうに思い出すことになるだろう。やがて迎えるその日その時のために、月並みではあるが、僕たちは今日を生きていることへの責任を果たさなければならない。生かされていることへの敬意を払う節目があってこそ、刹那を繰り返す僕たちの人生の価値を確かめ合うことができる。

「あれから」の日々。僕たちは何かを許され、与えられて、意味を探し続けているんだな、と、あらためて。