雑記 PR

明石ステーションデパートと、鉄道模型を買ってくれた父の記憶と ~JR311系の引退に寄せて

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

さよならJR311系、6月引退へ 最速120キロで名鉄と「競走」 [愛知県]:朝日新聞

子どもの頃の記憶。

まだ明石駅にステーションデパートがあった頃。改札を出て噴水を抜けて、エスカレーターで2階へとのぼる。右手には玩具屋さんがあり、左に曲がると奥まで続く本屋さんがあった。その本屋さんの向かいに鉄道模型を売っているお店があり、小学生だった僕は父にこの311系の鉄道模型を買ってもらったのだった。

当時でもうん万円とした模型である。自分のお小遣いで買えるわけがない。父にはいろいろなものを買ってもらったし、ほかの鉄道模型を買ってもらったことだってある。なのに格別、この子が印象に残っているのは「京阪神エリアを走っていない電車なのに、どうしても欲しくて買ってもらったから」なんだろう。それはとても罪悪感のあることのように思えた。

・いつも見ていて、かっこよくて、だから欲しい

なら、理由が二つになる。現金なものである。「だから、欲しい」が許される気がしたのだ。それがただ「かっこいいから」である。お父さん、ごめんなさい。でも、ありがとう、だ。

お店の人がテスト走行をしてくれる。
これが欲しい、とドキドキしながら父に伝える。
父がほほ笑んでお店の人と話している。

スローモーションな記憶。
異様に天井の低かった明石ステーションデパートの2階で、僕だけが体温を上げていたのをよく覚えている。父はいつだって、僕を最大限甘やかしてくれた。

大人になってようやく名古屋に足を運ぶことができた。
そしてこの311系に出逢ったのである。

思っていた以上に格好良くて、すこしだけくたびれていて、はじめてなのに懐かしい感じがして、いま名古屋にいるのに、なぜか明石ステーションデパートの2階のにおいを思い出していた。カタンコトンと揺れながら、電車のモーターの音を聞く。

憧れていたすべてがあって、ここに足りないのは父の姿だけだった。

時代は変化していく。

亡くなった父のかけらは、あちこちにあったはずなのに、いまは記憶と温度が僕の中にだけ存在して、細胞同士が永遠に語り合っている。

311系の引退のニュース。

あの日、帰宅してすぐに311系を走らせていた僕に、父は「かっこいいか?」と聞いた。僕は「かっこいいよ」と答えた。

誰よりもかっこよかった。やさしかった。

かっこよかったよ。

▼川柳鑑賞日記に登場してみませんか?▼
月刊ふあうすとに投句すると、川柳鑑賞日記でご紹介させていただくことがあります。お気軽にお問い合わせください。