雑記

僕のアーティストへの道は一瞬で閉ざされてしまったのだけれど

ストイックさとナルシストさを兼ね備えた自信がなければ、芸術の世界では到底勝負できない。

ストイックさと、ナルシストさを兼ね備えた自信がなければ、芸術の世界では到底勝負できない。

引用元:バンドマンだけじゃなかった!音大に通う男性がモテる「音大マジック」の秘密を調査 – ツイナビ | ツイッター(Twitter)ガイド

深い言葉。でも確かにそうだ。文芸の世界にしても音楽の世界にしても、自信を持っている人の醸し出すオーラには圧倒される。アーティストの空気を纏った人に昔から憧れがあって、遠い目をする表情を真似て語ってみたこともあった。「眼鏡、合ってないんじゃない?」と真顔で言われて、僕のアーティストへの道は一瞬で閉ざされてしまったのだけれど。

詩や文章、曲。自分という人間にまったく自信を持つことの出来ない僕は、自分の創作物に触れて感想をいただけることが至福の境地。誰かの作品に触れて心が震えたように、自分から発する何かもまた、いつか誰かの心の芯に届くことがあれば幸せだなぁと願っている。ところが年々柔らかさを失いつつある脳みそのせいで、リアルと妄想との間を行き来するスイッチは簡単には切り替わらないようになっている。試しにお酒を多めに飲んで「創」の領域が活発にならないだろうかと試してみたものの、二日酔いの神様に首を垂れて過ごす散々な一日になっただけだった。

リアルを大事にしながら、一方で、リアルを遮断した「創」の時間をつくって挑戦しようと思っていることが今年は幾つかある。かなうかどうかはわからないけれど、「かなう」とは挑戦の先にあるもの。出来ない理由を見つけるのが簡単であることは、これまでの人生で十分思い知った。思い知った後悔ばかりを重ねて夢や希望に動き出さないのは、いま、与えられている生に失礼だ。いま、在ること、いま、生きていること。それはすこし未来の糧を得るために一生懸命になることで、それはずっと未来にため息をこぼさないための源なのだと思う。