雑記 PR

ペットロスをずっと生き続けています、犬たちがいたから今日があります

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30歳からの10年間は経営者としてキャリアを積んで、40歳からは政治家になりたいという夢があった。

もちろん、こんな小さな会社のことでさえきちんと出来ない人間が、理路整然と自分の考えを述べることも人の役に立てるわけもなく、今となってはただの笑い話なのだけれど。

震災5年 いまも待ち続ける動物たち : まとめ読み「NEWS通」 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 1/5

僕がひとの役に立ちたいと思うのは、ひとに喜ばれることをすれば、ありがとうという言葉が返ってくる。その言葉によって自分の存在意義を認められたような気持ちになるからだ。つまり打算的。僕は僕の承認欲求は人一倍強いと思ってる。

そんな僕でも、動物たちに、とりわけ、犬たちのために何かをしたいと想う気持ちだけは昔から変わらない。犬がいなければ自分の人生はとっくに終わっていた。数字に苦しみ、人に悩み、生きていることが辛くて、何度も捨ててしまおうとした僕自身のこの道も、犬たちに逢いたいという一心で、どうにかこうにか踏み外すことなく今日までをやってくることができた。

愛犬の最期 ― 希望で終わる闘病記にはならなかったけれど。 | 川柳をこよなく愛する明石のタコ

年度末、カレンダーを意識することが増える。もう、一緒には祝ってあげられない誕生日、増えていくのは命日ばかり。父はとっくにあっちで笑っていて、5匹たちと走り回ってる。独り占めして、僕には夢でさえ会わそうとはしてくれない。意地悪。こんなにも会いたい気持ちを知っているのに、そんなにそっちは楽しいかい?

3月にある、たくさんの涙の理由。桜を期して前向きに生きる人たちの表情が柔らかい。僕はいまでも壊れそうに泣き崩れてしまって、だから意地悪をされているのかな、と思ったりする。強くはなれない、泣いてばかりの。これも僕です、こんな僕です。