雑記

ひとつひとつの点を生きているということ ~地酒屋鳴門のマスターの急逝に

地酒屋鳴門のマスターが亡くなった。急死だった。

明石駅前が再開発される前の店舗の頃から、マスターにはお世話になった。僕はいつも、同友会の集まりにテンションをあげて臨む。それにくたびれて帰ってくることを知っていたマスターは、遅くまで店を開けてくれて、僕のための席を用意して待っていてくれた。明け方まで何度も付き合ってくれた。社会での生き方や人との接し方を教えてくれたのもマスターだったし、くじけそうになったとき、説教をしてくれて励ましてくれたのもマスターだった。

最近ではうちのメンバーにも「西端は厳しいけれど、ついていけよ」と言ってくれていたらしい。ユニークで頑固で厳しくて、だけど優しい、最高の親父だった。

この11月にも店に立ち寄ったばかりで、元気に話をしていたのに、今、こうしてお別れを終えた後でもいなくなったことが信じられずにいる。僕の歴史を支えてくれた人が、これからの歴史を見守ることもなく去っていってしまうのは寂しい。本当に寂しい。まだまだ教えていただきたいことがたくさんあったのに。昨日までの当たり前は、今日、一瞬で、当たり前ではなくなってしまった。

生きている、生きていく。
でも、生きていきたい人とは、ずっとは一緒にいられない。

この、ひとつひとつの点を生きているのだということを。

悔しいくらいに、思い知る。