雑記

暖かい親父ギャグなんてものは存在しないのだ ~灯油あったかキャンペーンに対する考察

たとえば「温かいざるそば」が存在しないのと同じで、「暖かい親父ギャグ」なんてものは存在しないのだ。親父ギャグは極寒の環境下において存在し得る。お蕎麦を食べて「美味しい」と言葉にする。親父ギャグを聞いて「寒っ」とリアクションをする。僕たちは自然に逆らって生きることはできない。

ガソリンスタンドで「灯油あったかキャンペーン」が行われていた。この灯油あったかキャンペーンは「灯油があったかどうか」という意味なのか、「灯油は暖かいよね」という意味なのか、それともその両方の意味を含めた思慮深い戦略によって行われているのか、どうなんだろうと考えてしばらくを過ごした。どうなんだろう。

引用元:灯油あったかキャンペーン – 句読点

「灯油あったかキャンペーン」について論文を発表した。ここに親父の意図は働いたのかどうか。

ところで、このようなことを書くと「このキャンペーンの実際の趣旨はこういうところで…」と、わざわざ調べて回答してくださる方がいるが、野暮というものである。調べたらわかるかもしれないことを、あえて調べない。それを情緒と呼ぶのだと信じたい。知らんけど。