彼には専務取締役という肩書きを与えていた
自由に動きやすい権限があれば
経営者たちの会合にも顔を出しやすいだろう
その肩書きを選ぶかどうか判断も彼にゆだねた
つまり
彼は管理される側の人間ではなかった
危うくなったら何度も聞いた
「自由には責任が伴うんやで」
「管理された方が楽なら、全部みたるよ」
「できひんことはすぐに言うことな」
会社は大人の集まり
仲間のことを信頼する自分でありたい
信頼しているから仲間なのだと呼びたい
仲間のことを社員と呼ぶときは
彼らに責任が及ばないように
あえて切り離した印象を与えるときだけだ
なのになぁ
*
自分のブログ内で「仲間」と検索する
すると、2007年6月に書いた
彼の正式入社一か月前の記述がみつかった
新しい仲間と目指したいところ。
https://www.senryu575.com/archives/1161
まだ自分も二十代のときだ
初々しい
“こんなバカ社長ですが、
どうか助けてやってくださいね。
期待しております”
2017年には
仲間に期するものについて言葉にしている
ミスはあるものとして、
ミスがあってからの「即」を徹底する
https://www.senryu575.com/archives/7153
“お客さんの気持ちを想像すること。
その気持ちから逆算して行動をする。
理屈で動くのではない。
感情で動くことのできる人たちを、
僕は「うちの会社の仲間」と呼ぶ”
2014年
事務所の引っ越しをした
大掃除をする彼らの姿を見ながら
彼らの家族が気軽に遊びにきてくれる会社に
しようと誓った
旧事務所の大掃除と、火葬に向かった桜の葬列と。
https://www.senryu575.com/archives/4319
“彼らは今、それぞれに新しい命を授かり、
その誕生に向けて仕事に家族のケアにと
一生懸命頑張ってくれている。
自分自身が働く父の背中を見て育ったので、
彼らの働く姿も子どもたちに
見てもらいたいというのは理想の一つ”
2011年9月16日
日本でいちばん幸せな社長になれた日
https://www.senryu575.com/archives/2495
“夜、20時を過ぎたころになって。
社内で、突然のクラッカー”
自分が死ぬときは
この日この瞬間のことを思い出して
この世を去っていく
仲間が僕のなによりの自慢だった