雑記

仏壇を開くと見える糸がある

チラシで、近所で仏壇の展示即売会が行われていることを知る。
朝、母を連れて見に行ってみることにした。

仏壇だとかって結局、故人のために必要というよりは、大切な人を失った家族の
心の安定のために必要なものなのだろう。これから先、父と向き合う機会の一番多い
母親が、とことん納得するまで選べばいい。

一時間以上検討に要して、最後は家具調の仏壇を気に入って、購入に至る。
心の対話、語らいの場所が出来たことで、母もほっとした表情を浮かべていた。

父という精神的支柱が、これからも実家にあるのだと思えること。

宗教的な意味にこだわるのではなく、そんな位置付けで自分もまた、父のエールを
受け取りに通いたいと思う。

明日、日曜日は、いよいよ四十九日の法要。

浄土真宗の場合は、臨終と同時に諸仏になるという考えだそうなので、いわゆる
閻魔様云々というイメージとは違うらしいけれど、家族にとっては一つのけじめと
なるタイミングでもあり、しっかりと父を偲ぶ時間として考えたい。

昔は、仏教や葬式、法事の類なんて大嫌いだったけれど、仕事で関わりを持つことが
多くなって以来、神道や仏教、仏事に関する本は、家に20冊以上を数えるように
なった。

宗教に傾斜はしなくても、神仏に、自然と崇敬の念を抱いては、掌を合わせることが
出来るようになった。人間、変われば変わるものである。

昼から部屋の掃除。

晩、明日の法要に合わせて静岡からやってきてくれた叔父さんを家に招いて、
食事をした。来客があると部屋を必死で片付けるので、やっぱり定期的に誰かを
お招きするようにしなくちゃいけないなぁ。

どなたか、いかがなもんでしょうね。

タイトルは、以前、全日本大会で佳作に選んでもらった川柳。

この句の意味を、体験的に実感する日が、こんなに早く来るとは
思わなかった。