読書

明石の夕日がパンダになる瞬間 ~夕焼けパンダと谷川俊太郎さんの見上げた空と

読売新聞で紹介されていた夕焼けパンダの画像。ヤッターマンに出てくるドクロに見えなくもないけど^^;
(画像リンク先は読売新聞)

「夕焼けパンダ」1年に数日だけ…ネットで話題 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

沈む夕日がNTTのアンテナに重なった瞬間、ちょうどパンダのように見えるという。この現象が見られるのは春と秋の年2回、3月には観測会も実施される。画像と見出しで興味を覚えたところ、地元明石天文科学館の話題だったというのも面白い。子どものころから、明石公園のお城の横から眺める夕焼けが大好きで、明石に住む僕の自慢のひとつだった。

写真ノ中ノ空 ~谷川俊太郎さん(詩)と荒木経惟さん(写真)

荒木経惟さんの撮影した空の写真に谷川俊太郎さんが詩を重ねる写真ノ中ノ空という写真詩集が大好きだ。

どんな分厚い雲の上にも
いつも青空はあるということ
どんな暗い夜にも
どこかの国の誰かの上に青空はあるということ

前日のブログで自分たちには表になったものが、誰かにとっては裏になってしまう可能性もある。万事は表裏一体という書き方をしたが、空を見上げていると、まさにそれを強く感じることがある。雨に憂いを覚える人もいれば、恵みだと感じる人もいる。凍てつく寒さに重ね着をする人もいれば、もう、春は間近だと心を躍らせる人もいる。人それぞれに、同じ空を見上げては異なる想いを抱く不思議と奇跡。

谷川俊太郎さんの詩には、はっとさせられることが多い。そして思うのは、与えられていないのではなく気付いていなかっただけなのだということ。不平不満の呪文を唱えている間に、流れ星のように過ぎていってしまったものが幾多もあって、僕はその残骸さえ拾いあげることができない。負の風にあるのは、負を帯びたナイフばかり。そして負の風を吹かせているのは他でもない、自分自身であるということをもっと自覚しなければ。

移り変わる季節も、伴う風の変化も。

空を見上げた人だけが見つけることのできる温度。負を帯びた空気に支配されて、追いかけられることを言い訳にして、悔いの二文字だけが残る道を振り返ることのないよう、立春。次の一歩は何なのかということを具体的にしながら、いつも、逆算からの道を歩んでいたいと思う。