雑記

正義を決めるということは悪を決めるということ

社長業を10年やってきた人が経験した嫌だったことを、ランキング形式で語っている。

社員20人ぐらいの零細企業ずっとやってたけどもう疲れた

引用元:社長業10年やって嫌だった事ランキング:キニ速

気持ちはすごくよく分かる。ところがこれに共感して「そうだ社長業は大変なんだ」と書いてしまおうものなら、「大変な立場はお前だけじゃない」という意見に心を壊されてしまうことが起こり得る。そうして結局黙っておくことが得策だと悟る。少数派は潰されやすく、多数派になったとしても相手を潰して喜ぶだけでいつもターゲットを求め続けなければならない。そういう生き方も寂しいなぁと思う。

 最近ワタミのブラック企業批判の記事が目立つなと思います。ただ元ワタミ店長として言えることは批判している記事の書き手はワタミ外部の人ばかりで時には的外れな意見が多いこと。週刊誌のゴシップネタを寄せ集めたような酷い記事もありました。

引用元:ワタミのブラック企業批判について今思うこと。  元ワタミ店長より – LaoStyle

ブラック企業のままを是認している経営者は批判されても仕方がない。ただ、ブラック企業で働いている人たちには罪はない。

ブラック企業で働く人たちを同情したとする。そうしてブラック企業で働く人たちは、幸せな方向に向かうのだろうか。心の何処かで、自分の優位を覚えるためだけにブラック企業で働く人たちを踏み台にしてはいないだろうか。そんなことを自問自答する。

様々な議論が当事者の知らないところで行われ、当事者たちの尊厳を傷付けることがある。正義を決めるということは悪を決めるということで、悪の定義は機械的に行われるものでもない。僕たちは時々、正義の旗印の下に誰かの尊厳を踏みにじっていないかどうか戒める必要がある。正しい色をした道だけを生きている自信は、自分には、ない。